Toru Sasaki`s Gallery

ロザリオの里"五千キロを旅する蝶の保護区"を訪れる。
(The ROSARIO monarch butterfly sanctuary)

この蝶(Monarch Butterfly)が
冬の期間にロザリオの里で発見されたのは、
1976年のことである。




カナダの生物学者が、
夏の間北米にいるこの蝶が
冬の間全く姿を消してしまうのを疑問に持って、
探し始めた。

探し始めて四十年後に、
この学者はこの地にこの蝶の群生地を見つけ、
その茶色に集落している姿に驚愕したのである。
北米では夏の間はこの蝶は群生せず、ばらばらにいたのだから。  

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モレリアからロザリオ村に至る道で、
わたしはメキシコ中央高原とミチョアカン州の冬の姿を知った。
メキシコ中央高原は二千メートル以上の高原で火山性であったため
湖が多く出来た。
太古にはその湖の廻りで豊かな狩猟の生活をした。
湖に水が枯れると人々はそこで農作業を営んだ。

このドライブは山をいくつも乗り越えていくのだが、山は乾期で枯れた黄色であった。
しかし山を乗り越え麓を見れば広々とした湖があって、緑の木々が豊かに見えた。
人々の里は日本の四月のよく晴れた暖かな日に似ていた。
桃の木にピンクの花が咲いている。つつじの花が咲いている。
柳が青い目を出そうとしている。
少し霞んで白っぽい空に、光が満ち満ちていた。

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わたし達がロザリオ村に着いたのは午後一時半をすでに回っていた。
駐車場から眼下に紫色の山々と雲が浮かぶ姿が見えた。
ここは三千メートルの地だとルイスは言った。
ここから徒歩で1時間のところにあると言った。

山に上る途中でルイスが何度も休んだ方が良いと言った。
高地だから余り急がない方がよい、とても疲れてしまうと言った。
蝶の里の入り口で入場料を払った。ここで若い案内人が付くが、
かれの役目は蝶の保護のため、見学のルールを徹底的に守らせる役目のように
思えた。




到達したのは午後2時半、木々に蝶が止まり、茶色に覆い尽くされている。
見上げれば数百の蝶が木々の間の青空に飛び交うのが見える。
これ以上は立ち入り禁止ですとルイスが告げた。
 
十メートルほど先にある数十本の
針葉樹(クリスマスツリー)の巨木幹、
そして、すべての葉が、
蝶によって濃茶色に覆われている。

枝がその重みで撓って見える。
多くの蝶が羽を閉じて、
身を寄せ会ってこの色になる。
目立つ色でない。美しい色ではない。
奇妙に怖い色である。虫が生きている色である。
2千万の蝶がわずか240本ばかりの
針葉樹に集まり身を寄せ合う姿である。





この三千百メートルの高地では明け方に霧が凍り結晶する。
蝶たちは生きる知恵として身を寄せ合い暖を取る。



立ち入り禁止の手前では、五人ほどの人々が座って蝶を見ている。
蝶と共にいることを楽しんでいる。はかないが、
美しい生き物が、かくも逞しく生きている姿に、
同じ生き物として喝采を送り、短い出会いを喜び惜しんでいる人々の姿である。



 人々の頭に数匹も蝶が載る。
 人々の手の肘や肩に数匹も蝶が止まる。
 わたしの手の先にも蝶が止まるから、
 もう一つの手でこの蝶に向けて
 カメラのシャッターを押す.
 わたしも座って近くの蝶を見る。
 一メートル半程の広葉樹や針葉樹に、
 蝶が止まっている。
 それぞれの木に、
 四十匹程の蝶が、羽を広げ体を暖めている。



 広げた羽の蝶の文様は、黄色の地に茶色の縞模様だ。
 モンシロ蝶よりも一回り大きいが、アゲハチョウよりは小さい。
 一匹の蝶の持つ文様は同じであるものの、蝶たちの並び方で、
 木々に蝶たちが描き出す文様が異なり美しい。
 一つの蝶の描く文様が鮮やかなため、いくつも並べても、
 良く写る。小さなクリスマスツリーに蝶が並ぶか、
 大きな葉がいくつもある木に蝶が並ぶかで、
 木々たちに描かれる、
 時間の止まった黄色い絵画の情緒が異なる。  

足元に多くの死骸がある。冬の寒さに果てていった蝶たちだ。
まだ、生きている蝶を踏まないでくださいとルイスがいう。  

木と木の間に舞う蝶に目を移す。午後三時になって、
温度がさらに上ったのか、針葉樹と針葉樹の間の空に
ゴミくずのように舞う蝶の数が増した。
太陽が体を暖めないと、蝶は飛び立たないという。





時に数千の蝶が川の流れるように一方向に移動する。
飛んでいる無数の蝶が日の光を返す角度で、
すなわち、見る方向によって、蝶の群舞が織り成す色合いが異なる。
日差しを受けて、蝶の羽の文様が明るく、くっきりと浮かんで、並んで走る姿の時もある。
明るい空に浮かぶ蝶が、黒い無数の蚊のように見えるときもある。
  


暖かな時間に、二千万の蝶が、花の蜜を求めて移動する姿だ。
高原の花々は赤色、紫、黄色、白とあった。
日本でも見慣れている花のように思えた。
三千百メートルのこのメキシコの冬の高地は、
日本の春先と同じよう気候なのだろう。
五千キロの蝶の旅  このロザリオの里のほか、
いくつかの蝶の保護区がこの山並に数個所ある。
保護のため多くは入れない。1箇所に二千万程の蝶が集まる。
十一月から三月の半ば頃迄毎年この地にいて、
また、北に戻っていく。

仮にこのような集落地が十箇所あるとすると、
約二億の蝶がカナダや米国の北部から五千キロの距離を旅することになる。
この温暖な地で花々から密を吸い蝶が成熟し交尾を済ませると
蝶は北に向けて飛び立つ。



交尾の後、雄の蝶はすべて死んでしまい。
雌の蝶が北に向かって飛び立つ。
今度はメキシコの北部周辺で産卵する。
ミルキーの木の葉を食として
幼虫はそこで育つ。
さなぎが孵り、蝶が再び成熟して交尾して、
今度はカナダや米国の北部に飛び立つ。
カナダや米国の北部では群生することはない。
このように数えると四世代を得て
カナダとメキシコの間の旅をすることになる。
(写真はルイス)
何世代かを得てもこの地を記憶している神秘。
五千キロを旅する蝶の強靭さの秘密。



この地を訪れることで、人々はこの地球と生き物の
可不思議さを思う。
そして、いつしか生きてきたことが有難くなる旅になる。   
帰りはメインデシュの後のデザートを
プレゼントしますとルイスが言った。
トップに紅いイチゴの付いたデザート、
すなわち日没が美しい景勝地を案内しましょうといって、
美しいミチオカン州の里に車のスピードを出した。

その苺のデザートには時間的に間に合わなかったが、
夕暮れ時にいくつもの湖を抜けてこの里の美しさを改めて知った。 
ホテルに戻ったのは夜八時半。

朝,九時に出発沿いして、蝶を見ていたのは1時間にしか過ぎない。
300キロのドライブ。